Homeコラム創立25周年記念誌思い出すまゝに(1)

思い出すまゝに

安岡 義則(注)    

 昭和二十三年、東京は瓦礫の中から這い出そうとしていた。わが附属高校の今のキャンパスは藷ばたけと雑草の原であった。 第二次世界大戦が終熄したあとの物心両面の混乱と飢えの時期を経て、漸く人々の心に落ち着きが甦がえり、復興への意欲が少しずつ生じかけた頃であった。 当時日本の政府はあっても、無条件降伏後の占領下にあっては、占領軍の許可、指令がなければ動けない時代であった。 教育制度も例外ではなく、大きなメスが入れられ、昭和二十二年には学校制度が大きく変革されることになり新学制が方向づけられた。 旧制度の小、中、高、大学とつづくかつての制度から、新制の小学校、中学校、新制高等学校、新制大学といういわゆる六、三、三、四制がスタートすることになった。

 昭和二十三年四月に旧制「都立高等学校」の尋常科(旧制中学校にあたる)を母体として、「東京都立新制高等学校」(固有名詞である)が設置せられ、さらに同五月には定時制課程が併置せられた。 越えて二十四年四月には旧制の「都立高等学校」を含むいわゆる都立六高専を母体として新制の「東京都立大学」が発足し、それに伴って「東京都立新制高等学校」が改称されて「東京都立高等学校」となり、さらに二十五年一月に「東京都立大学附属高校」となって今日にいたっている。 二十三年から二十五年の間、改変に伴う目まぐるしい移行措置に大忙しであった上に、制度だけ変えて予算を伴わないために大学と附属とが同居しているのみならず、尋常科は旧制のまま進んだため、新制の大学、高校と旧制の高校と三校同居の大変な寄合世帯であった。 その上当時の電力不足は夜間(既に大学の夜間部と高校の定時制)の授業中に突然の停電などが頻発し、授業や実験に支障を来たしてローソクを取りに走るなど、深刻でもあり、ユーモラスな光景を現出したものであった。

注:東京都立大学附属高等学校第8代校長。

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