雑感

斎 正子(注)    

 蟻は震度7の地震をどう感じるであろうか。自分の体重に比べて余りに大きい変動には無感覚なのではあるまいか。平和利用のための原子の火がともされた日、人類の命脈を大きくかえる劃期的な日であったにもかかわらず、大多数の人々はほとんど感動を示さなかった。将来の方向を決定的に変える変革も、自分たちの目先の生活に変りさえなければ遠い雷鳴のようにしか感動をよばないものである。

 昭和23年4月七年制の旧制都立高校が解体して、高等科は都立大学に、尋常科は都立新制高校に分離独立したときも、尋常科の四年生が新制一年生(一期生)になったという学校の名称変更だけであったから、まことに感動のうすいものあった。

 当時は敗戦につぐ飢えと無秩序の日々が長く続き、人々は毎日食うことに追われ民主国家だの民主主義だのの理解にとまどった時代であったから教育制度の変革など、大きな関心をひかなかったせいかもしれない。二万坪の校庭には、現在の大学A棟と、プールと付属木造の建物などあったくらいの広い校庭で、現在の高校のA棟とB棟の間に残っている欅の近くに奉安殿があり、その他の土地はほとんど芋畑になっていた。

注:東京都立大学附属高等学校教諭(1949年3月31日から1985年3月31日)。

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