思い出の野球部

9期 上利泰一郎    

 あれは二年生の時、東京都予選一回戦で勝てば、あの世界の王選が四番ピッチャーの早実と当たることになってどうしても一回戦勝ちたかったのですが、不可解な投手起用で初回に大量点を献じ、後半粘ったが5-8で昭和一商に敗れました。 まことに残念。 王選手から一本打ちたかったのに。

 もう詳しいことは忘れましたが、大美重徳名コーチ(六期生)のもと結構練習もしました。 夏合宿だってしましたぜ。 尤も教室に泊まって校庭での練習ですけれど。布施純代さん(九期生)あの当時はご飯を炊いていただいてありがとう。 何せ貧乏な部です。 古くなったボールはタコ糸で縫い直して使っていました。 超OBには故鳩山威一郎氏他金持ちが沢山いたので活動費のカンパをお願いにあの音羽御殿を訪ねた者もいました。

 試合相手は都立日比谷、戸山、広尾高校なんかと定期的にやっていました。

 以下は都合で一緒に行かれなくなった西澤元主将宛の今年の甲子園大会東京予選一回戦の観戦報告です。 最後の現役の奮闘ぶりを再現致します。

 「単身勇躍神宮球場に参上せり。ちと遅れたるが一回裏母校の攻撃中で右中間を破る二塁打にて一点。 スコアボードを見やると既に敵軍都立青山高校は一回表に2点を先制せり。 しかしながら両軍選手を観察するに両軍技量甲乙つけがたしと見ゆる。

 分刻みで上昇致す気温にしばし全体を俯瞰致すに、グランドの緑とスタンドの青が実に申し分なし。 拙者らもこのような球場で一度果し合いを致しかったで御座る。 選手に目を転ずると、紐育ヤンキー軍、はたまた阪神虎軍も斯くやのピストライプに鮮やかに「都立大附」と染め抜き、応援席には両軍とも吹奏隊を侍すあり。

 果たして戦況はその後両軍とも1点ずつを加え五回表の敵軍の攻撃。 死球、捕逸、失策を連続し3点を献上。 悪しき伝統甦りしかと落胆せるも、すぐさまその裏長短打を集中し一挙4点を、6-6に追いつく。その後、さらに1点ずつを加え、7-7で最終回。 敵軍は四球を手始めに連続長打で2点、更に暴投で1点追加。7-10で最終回裏を迎えた。

 いよいよ最終回裏母校の反撃。安打、四球、死球でたちまち満塁。すわっ、逆転満塁本塁打といきり立ったが、後続が内野ゴロ本封、浅い外飛、内野ゴロで万事休す。 ここに「都立大附属高校野球部」は永遠に消滅いたしたで御座る。」

 私らよりずっと後のことですが東京都東予選でベスト16になったことがあったのを名誉のために付記しておきます。

(同窓会報 2008年12月号からの転載)   

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