都大附に異動して練習を見たとき、練習開始と終了で行うエールが「トリツコ〜」だった。
都立校はたくさんあるじゃないかと不思議に思ったものだ。
「何か変えてやろう」と思いながらも手をつけないまま異動してしまった。
最近になって都大附の歴史を調べているうちに、前身は「都立高等学校」であることが分かった。
しかも「東京」が付かないのが正式である。
それならば「都立高」は正しい呼び方であることが理解できた。
私が在職していた頃も地元の方々は「都立」と呼んでいた。
最近の卒業生は単に「附属」と呼ぶことが多いが、「都立」も捨て難い気がする。
前身は男子校だかた女子部の発足は戦後になるが、『府立の学習院』と呼ばれていただけあって、バンカラを排したエリート集団は女子部に優しかったようだ。
男子の六分の一しか在籍しない女子なのに、部員は十五人も居た。
男子部が女子部を大事にしていたからであろう。